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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(行ツ)47号 判決

東京都大田区西蒲田七丁目六二番八号

上告人

塚田辰男

右訴訟代理人弁護士

福田浩

小林啓文

被上告人

右代表者法務大臣

坂田道太

東京都太田区蒲田本町二丁目一番二二号

蒲田税務署長

被上告人

村上虎男

東京都千代田区丸の内三丁目五番一号

被上告人

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

東京都大田区中央二丁目一〇番一号

被上告人

東京都大田区

右代表者区長

天野幸一

右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第一〇九号所得税更正処分等無効確認等、不当利得返還請求事件について、同裁判所が昭和五六年一一月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人福田浩、同小林啓文の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の審理不尽、法令の解釈適用の誤り等の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を非難するものであり、所論中違憲をいう点は、ひっきょう、前記法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審が主張しない事由に基づく論難であって、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

(昭和五七年(行ツ)第四七号 上告人 塚田辰男)

上告代理人福田浩、同小林啓文の上告理由

第一、本件の事実関係

一、上告人は、本件における争点を摘示するための前提として、本件訴訟が提起された経緯を簡単に述べるものであるが、この根拠となるものは、甲第一号証の三「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面、同第六号証の二裁決書謄本、同第一〇号証及び同第一一号証の各判決正本、同第一二号証和解調書謄本、乙第三号証住民票及び第一審及び第二審における塚田喜代野の証言である。なお、本件において、上告人の本人調書が存在しないのは、本件手続書類の保佐人の同意書において明らかな通り、上告人は、嘗って、精神分裂症に羅患し、心神耗弱の状況にあるため昭和三九年一一月一二日準禁治産宣告をうけ、保佐人たる母喜代野の看護の下にあるからである。

二 上告人は、大正一四年一月二日生であるから今日既に五七才になっており、保佐人たる母喜代野は、明治三五年四月八日生であるからもう七九才の老齢の身である。上告人の父は塚田恵秀と云って、既に故人となっているが、同人と母喜代野は昭和一六年に協議離婚した。離婚と同時に母喜代野は恵秀の養母塚田ふくと養子縁組をなし、同人の経営する薪炭・氷の小売業を主宰して、養母ふくと上告人を扶養した。この薪炭・氷の店舗が本件土地である。この本件土地については、戦時中の強制疎開とか戦後の闇市場による不法占拠及びその後の区画製理などの経緯があるが本件に関係がないので詳述を省く。但し、戦後一時期、本件土地の占有回復ができなかったため、母喜代野は、本件土地の向いに借地をして戦前の薪炭・氷の小売業を再開するが、この借地が甲第一二号証の和解調書物件目録の(三)記載の建物の敷地となっており、かつ上告人が昭和四九年六月四日、母喜代野が同年八月二〇日本件家屋へ転居(乙第三号証)する前に同人らが居住していたのが、この土地上にあった喜代野名義の家屋であった。

三 その後、喜代野は占有回収の成った本件土地上に営業を移し、上告人も手伝っていた。そうして、上告人は、昭和二九年五月、初枝という女性と結婚し、同人との間に長男正彦(昭和三二年七月一五日生)、長女真理子(昭和三六年六月一八日生)の二児をもうけるが、昭和三七年頃上告人の精神分裂症が再び進行するに及び、上告人と初枝の婚姻生活は破綻するに至り母喜代野は両人を離婚させねばならぬと考えるに至った。ところが、右初枝は上告人の実父恵秀と図り、本件土地上の店舗を占拠し、喜代野を排除してしまった。甲第一〇号証、同第一一号証の判決正本は、喜代野の本件土地上の店舗(これが甲第一二号証和解調書物件目録(一)の店舗である。)の占有保持の訴に関するものであるが、喜代野が右店舗の営業主体であるという主張を前提とする訴訟は全て喜代野の敗訴に終り、また、上告人からの初枝に対する離婚請求の訴は精神病者から正常配偶者に対する離婚請求は許されないという理由で上告人の敗訴に終り、残るは、上告人から本件店舗の所有名義者たる蒲田製氷(株)に対する建物収去土地明渡請求訴訟のみとなった。ところで、この争訟の間に、喜代野及び上告人は営業収入を断たれ、他方、店舗を占拠した初枝も経営の経験不足のため営業不振に陥り、双方手詰りの状況となってしまった。そうして、事件の解決のためには、現実に破綻してしまった上告人と初枝の離婚を前提として考えねば拾収がつかないということになり、甲第一二号証の和解が成立して一件落着したのである。

四 しかしながら、この一〇年に亘る争訟のために、喜代野は、自己の訴訟費用やら、生活費を借金でまかなわなければならなかったために、同人の借地の権利及同地上建物を原田司なる者に担保に入れて借金をしていたが、この事件が終了するや否や、その精算を迫られ、止むなく、右担保物件を債権者に譲渡し、これまでの蓄積を一切失ってしまったのである。そのため、喜代野と上告人は本件土地上に残っていた本件家屋に転居することになったのである。それが昭和四九年の六月から八月にかけてであった。

右の次第で、喜代野は全くの無資産に陥り、以後、喜代野と上告人の生活は、上告人の本件土地を利用する外に途はなくなったのである。もともと、前記和解成立の頃から喜代野としては、自らも老齢であり、かつ、上告人も心神耗弱者であるから本件土地で営業を再開することは覚つかなく、結局、本件土地の利用としては、これを全部売却し、代金の一部で母子二人の住居を確保した残金の利殖を図るというのが最も堅実な方法と考えられた。

五 そのため、本件土地は、前記和解が成立するや否や本件土地上に「売地」の看板が立てられ、売りに出されていたが、仲々買手がつかなかった。そのうち、母喜代野が前記の経緯で資産を失い、上告人と本件家屋へ転居するに至るや、生活のためにも本件土地の売却が急がれることになった。そこで、不動産業者の提案にもとずき、本件土地(約一五〇m2)を約一〇〇m2と約五〇m2の二つに分割して売却することにしたところ、右約一〇〇m2の方が昭和五〇年三月一三日大坂友文なる者に代金七九、七一二、〇〇〇円で売却することができた。その後残地約五〇m2についても売却の努力を続けたが、ついに同年内に買手がつかず、喜代野は、この残地に建物を建てて、自分と上告人の住居確保と生活収入の途を購ずることに方針をあらためたのである。

そうして、昭和五一年三月一五日上告人は譲渡所得税五、七五二、八〇〇円の所得税確定申告をなし、同税額を納付し、また、右所得税確定申告により賦課された特別区民税一、一六〇、二六〇円、都民税五七九、五八〇円合計一、七三九、八四〇円を同年六月一〇日に納付した。ところが、被上告人蒲田税務署長は、上告人の譲渡所得に対する租税特別措置法第三五条第一項第一号の三〇、〇〇〇、〇〇〇円の特別控除(以下措置法の特別控除という。)を認めず、上告人に対し、昭和五一年九月三日所得税五、八〇〇、〇〇〇円、過少申告加算税二九〇、〇〇〇円の追加賦課を内容とする更正決定をなし、右更正決定を根拠として、東京都大田区長は、特別区民税につき一、一六〇、〇〇〇円、都民税五八〇、〇〇〇円の追加賦課を内容とする変更処分をなしたのである。

以上が本件訴訟に至る経緯の概略であるが、本件における上告人の場合こそ、措置法の特別控除が適用されるにふさわしい事例である。換言すれば、上告人の如く、居住用の土地を売却した場合に新規の住居を取得するための費用をできるだけ節約し、差額を生活費に充てなければならない者のためにこそ、従来の居住用資産買換費用控除の制度から一定額の特別控除制への改正が行なわれた筈であったのである。しかるに、被上告人らは、制度の精神を没却し、法令の字句をもてあそび立法者の意思に反する解釈・適用をなすに至ったのである。

第二 本件の争点

一 本件において、不適法な課税処分により納付させられた税金の返還を求める場合に、その根拠となつた課税処分の無効確認ないし取消を請求することができるかどうかの点も、手読的順序から云うならば、最初に取上げるべきであるかもしれないが、本件訴訟の目的は不法に納付させられた税金が返還されることにあり、課税処分の無効確認ないし取消の各請求が容認されなかつたとしても、必ずしも右訴訟の目的に影響しないので、この点の主張については、後に触れることとする。

二 そこで、次に、本件中心的争点たる、措置法の特別控除の適用があるかどうかの問題についての争点は、次の二つが指摘されるのである。

(一) 措置法の特別控除は、個人がその居住の用に供している家屋の敷地の一部を更地として譲渡するために当該家屋の一部を取壊し、右家屋の取壊しが敷地を更地にするために必要な限度があり、かつ、右取壊しによって、残存家屋が居住として適性を欠くに至ったときに適用があるかどうか。

(二) 右の場合、残存家屋が四畳半の和室、もと六畳間であった部屋の残部一・五畳、三畳相当の台所、押入二畳、仏壇、タンス置場、トイレ各半畳、玄関一・五畳(以上合計床面積概算二二m2六八‥‥一間を一m八〇として計算すると三m六〇×六m三〇)であったとすれば、これは住居として適するか否か。

三 右二つの争点につき第一審及び原審は、(一)の点において上告人の主張を認容し、措置法の特別控除の適用があると判断し、(二)の点について本件家屋の残存部分は「居住者である原告及びその母の居住の用に継続して供し得たものである。)」(第一審判決理由二の3末尾)という理由で措置法の特別控除の適用を排斥し、結論として上告人の請求を棄却している。

第三、原判決の瑕疵

一、審理不尽及び法令の解釈適用の誤り(その一)

前節において述べたように、本件の争点は、(二)の本件家屋残存部分の住居適性の点であるが、この争点について、第一審判決は「本件家屋は居住者である原告及びその母の居住の用に継続して供し得たもの」(第一審判決理由二の3末尾)という表現をしており、これを原判決も引用している(原判決理由の二冒頭)が、これは、上告人の主張について完全に審理を尽していない違法がある。既ち、上告人が本件家屋残部について、社会一般の通念として客観的に住居としての適性を有するか否かの判断を求めたのに対し、第一審、二審とも、特定の個人たる上告人及び母についてそれが住居の用に供し得たかどうかを判断したに止まるのである。もし、右第一、二審判決の解釈によれば、居住者が困苦欠乏に耐える人物か否かで住居適性の基準が変動することになり、法令の解釈・適用の在り方として妥当性を欠くと云わねばならぬ。

右の点を今すこし掘下げてみると第一、二審が本件家屋残分の住居適性を判断する根拠として認定した事実は、第一審判決の理由二の3の(一)ないし(四)(同判決書第一二丁裏末尾から二行目以下)であるが、右事実認定に基づき、同判決は、「本件土地売却の際の一部取壊しによっても本件家屋は原告(上告人)及びその母の居住の用に継続して供し得たものであり原告(上告人)らが前記新蒲田一丁目一三第八号(転居したのは、本件家屋が居住の用に供し得なくなったためでなく、本件残地を千代田シツピングに賃貸し、原告(上告人)らの入居するビルを建てるための準備としてなされたものと認めるのが相当であり、この認定を覆すに足る証拠はない。」

という判断をなし、そこから直ちに、

「そうだとすると本件土地売却による長期譲渡所得の特別控除額について、措置法三五条一項一号の規定を適用する余地はなく」

と断定している。

右(一)ないし(四)の事実認定及びそれらから帰納された「本件土地売却の際‥‥」以下の認定事実からみて同判決が本件家屋残部の住居適性を判断するに当り、一般社会の通念という客観的基準によらず、上告人及びその母という特定人の特殊的な意思及び行動に基いて判断をなしたことが明瞭に看取できるのである。これは法律要件の判断としては異常であり不適法と云わざるを得ないであろう。それ故にこそ、右事実認定から措置法の特別控除の適用を否認した結論に至る論理過程は整合性がなく論理の飛躍以外の何ものでもない。この本件家屋の住居適性という法律要件は一般社会の通念という客観的基準に則って判断されるべきであり、右第一審判決及びそれを引用した原審判決は、右の趣旨で法令の解釈適用を謬ったものと云うことができる。

二、審理不尽及び法令の解釈適用の誤り(その二)

ところで、前項の事実認定において、第一審及び原審は、上告人及びその母の意思及び行動を以って法律要件認定の根拠とすることを急ぐあまり、重大な手ぬかりを犯したのである。即ち、(一)の残存建物に居住すること新蒲田への転居、(二)の転居先家屋の決定及び契約、(三)の土地売却後の方針(三つの方針)の思案、(四)の千代田シツピング株式買収等どの一つを取ってもそれは上告人の母喜代野の思案であり行為であったのであって、精神能力の劣弱な上告人は母の指示するままに動いていただけにすぎず、上告人の意思とは無関係であることを看過していたことである。

個人の意思に基かない行為、行動によって、その他人に対し法律効果を及ぼすことは、現代における法の大原則に違反するものであること云うまでもない。

因みに、残存建物の住居適性を客観的基準によって決定すると解すれば、上告人の行為能力とは関係なく法律要件を決定することができるであろう。

第一審、及び第二審は、残存家屋の住居適性の判断において客観的基準に則るという立場をとらなかったために、客観的基準の認定のための審理を全く行っていない。その意味で、第一、二審の判決は審理不尽にも当るということができる。

三、審理不尽及び法令の解釈・適用の誤り(その三)

しからば、措置法の特別控除適用に関する残存家屋の住居適性を決定する客観的基準は存在するかどうかであるが、本件の争点の二の(一)の争点において、被上告人らは、第一、二審を通じて一貫してこれを争って来たのであり、このことは、被上告人らが措置法の特別控除の適用において、残存家屋の住居適性の判断の問題が生ずるということを認識していなかったことを示すのである。それ故に、実際に措置法に関する法規又は通達の中にはこの判断の基準を示すものは見当らない。故に、本書面第二の二の(一)の争点において、残存建物の住居適性が否定された場合においては措置法の特別控除の適用があるという解釈を判決が打出しておいて、残存建物の住居適性の判断規準を示さないならば、この問題は各税務署の徴税担当官の恣意に委ねられてしまい、措置法の解釈適用における平等と安定が阻害される虞が生ずるのである。右の趣旨において、原判決には審理不尽の違法がある。

しかも、家屋の住居適性の判断、特に国が国民に対して、特定の家屋を住居に適するものと認定するということは、我が国の社会・経済・文化等の広い見地からの判断が必要であり、個々の徴税係官の恣意に委ねるべき事柄ではないこと云うまでもない。また、租税法律主義の原則から云って、成文法規による基準が示さなければならないが、現実に成文法規の基準が存在しないという前提において、法規の解釈からこれを求めるとするならば、それは疑わしきは国民の利益にという原則にもとづき、安全許容領域を大巾に見込んで住居適性の判断がなされねばならない。

右の趣旨に基き、上告人は、原審において、住宅建設計画法(昭和四一年法一〇〇号)第四条に基づき、昭和五〇年八月住宅地審議会が建設大臣に対して提出した「今後の住宅政策の基本的体系についての答申」に準拠し、建設大臣が立案した第三期住宅建設五箇年計画における国民の居住水準の目標が右措置法の解釈において十分尊重されなければならないことを主張した。この計画は、国の住宅政策を主管する建設大臣の責任において策定されるものでありながら、住宅宅地審議会という視野の広い諮問機関の答申に根拠を置き、かつ、閣議決定を経ているという意味で社会的・経済的・文化的視点にたつ法解釈をなす上で最も適切な指標であり、しかも、安全許容領域を大巾に見込むという方針に則れば、残存家屋が右計画の「平均的居住水準」を超えた場合に初めてそれが住居適性を有するという判断をなすべきであり、その場合にのみ措置法の特別控除の適用を否定すべきことになるのである。

原判決は、右計画が昭和六〇年に達成されるべき住宅の居住水準であるから、昭和五〇年当時の家屋の住居適性の判断基準とすることはできないという理由で、上告人の右主張を排斥しているが、右五箇年計画が閣議決定を得ているということは、むしろ、昭和六〇年に至らぬうちに実現可能であることが見込まれており然るが故に、昭和五五年七月三〇日付の住宅宅地審議会の同答申は、昭和五〇年の居住水準を更に上廻る居住水準を打出しているのである。昭和五〇年の計画が昭和六〇年をもって目標達成の時期としていることを不変のものとする発想は、現実の社会の進展から取残されてしまうであろう。他方、別の見方から言えば、一〇年後の目標であって初めて安全許容領域を考慮した解釈基準としての参考になり得るのであると表現することも可能である。

因みに、原判決は、上告人の主張が右計画をもって措置法三五条一項の解釈上の基準を設定する法的効力を有するものと誤解しているが、上告人の主張は、右措置法条項の解釈と右計画とは全く別個のものであるが、措置法の解釈は右計画の居住水準を上廻る独自の解釈基準を打出すべきであり、然らざれば、同法条の解釈として社会的適合性を失い、憲法違反の問題を生ずることを主張しているものである。なお、憲法違反の問題については、後にまとめて主張するが、右に述べたところにより原審判決は審理不尽及び法令の解釈・適用の誤りが存する。

四 訴訟手続の法令の誤り

原判決は、その理由一において被上告人蒲田税務署長の処分の無効確認を求める請求については、上告人において当事者適格を欠き不適法とする第一審判決の判断を引用するほか、当該処分に続く処分によつて上告人が損害を受けるおそれのないこと、並びに本件更正及び変更処分の無効を前堤として、納付した税額相当の金員の返還を求めることができることを右請求却下の理由としている。

しかし、右更正処分は、大田区長による変更処分の前堤をなしており、前堤処分が外形的に有効に存在するにも拘らず、大田区長においてこれを無視して納付された特別区民税及び都民税の各相当金額を上告人に返却したとすると大田区長における蒲田税務暑長の更正処分に対する違反が生ずるのであるから、この違法状態を解消する趣旨において、右更正処分の無効確認をなす法律上の利益があると解すべきである。

五 採証法則違反の違法

(一) 原判決において引用される第一審判決の理由二の(一)の末尾において、

「‥‥取壊しの後に残存家屋には引き続き原告(上告人)と母とが居住し、同年一〇月七日になつて東京都大田区新蒲田一丁目一三番八号へ転居した」

と認定しているが、上告人と母喜代野との引越しは同年六月、転居先の決定と同時に開始され、徐々に進行して同年一〇月七日頃に至つて完了したものであつて、右原判決認定の如く、特定の日時に一挙に行なわれたものではない。

この事は、第一、二審における証人塚田喜代野の証言に明確に認定できることであり、原判決は採証法則違反の違法がある。

(二) 原判決において引用される第一審判決の理由二の3の(三)において

「原告(上告人」と母は、本件土地の売却売渡しの際には残存家屋で生活を続けることを予定し直ちに他へ引越すことは考えなかつた」

と認定しているが、右認定の裏付けとなる証拠は皆無であり、右認定は証拠に基づかず人の内心の状態を判断する誤りをおかしたものであって、明らかに採証法則に違反する。

第四、憲法違反の問題

一、原判決には、憲法違反の瑕疵があると考えるのであるが、この問題は、上告人に対する蒲田税務署長の更正処分が上告人の本件土地の一部の売買に基づく譲渡所得につき措置法三五条一項一号の適用を否定したことに発しており、その否定の根拠は本件建物の残存部分が住居適性を有するとする蒲田税務署長の判断に依拠している。そして、窮極において、この残存家屋がわずか二三m2のものであって、住宅建設計画法に基づく昭和五一年三月二六日閣議決定を経た第三期住宅建設五箇年計画における最低居住水準三四m2三一を大巾に下廻っているという事実にかかっているのである。

二、先づ、この第三期住宅建設五箇年計画における居住水準を規定するならば、これは、住宅宅地審議会の答申において打出されているように、

「高度福祉社会を実現するための施策の一環として新たな住宅政策は、住宅が衣食とともに国民の基本的な生活要素を形成しているばかりでなく、人間性形成・回復の場であるという基本的認識に基づき一定の理念のもとに体系的に確立されなければならない」(「これからの住宅政策」五五頁)。

ということを基本理念としており、同計画における「最低居住水準」の意味は、

「昭和六〇年を目途としてすべての国民に確保すべき最低居住水準を定め、この水準以下の住居の解消を図る」(前掲書七八頁)

ということである。そしてこれが行政権の担い手たる内閣より確定的行政目標として打出されているのである。従って、もし、蒲田税務署長が本件残存家屋について住居適性を認める判断を出すにあたり、内閣の指示・監督を受けたとしたら内閣は決して右の如き判断を是認しなかったであろう。また、蒲田税務署長の右判断の根拠となる成文の規準が存在していたとするならば、この第三期住宅建設五箇年計画を閣議が承認するに当って、右成文の規準も右計画に即応して改正されたであろう。

要するに、本件残存家屋について住居適性を認める判断を根拠とする蒲田税務署長の本件更正処分は、行政権の担い手たる内閣の行政責任に基く行為ではないのである。故に、右更正処分は内閣の行政責任の下にない行為として日本国憲法第六五条に違反し、無効である。

三、次に、日本国憲法第八四条は、

「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定する。

ところで、国民にとって重要なことは、納税の義務を負うことではなく、租税が公正に課されることである。そして、そのことこそ、まさしく憲法第八四条の定めるところと解されている(法律学全集 憲法Ⅱ宮沢俊義著-P三二五)。

本件について言えば、措置法第三五条第一項第一号の特別控除が適用されるかどうかも、右条文における租税の賦課に属する。故に、右措置法の特別控除の適用の有無を決定する残存家屋の住居適性の判断は、明確な規準に基いてなされてこそ、右憲法の条文にかなうのであって、本件において蒲田税務署長が本件残存家屋をもって住居に適するとした判断は、明確な規準に則っておらず、判断の公正が担保されないのであるから、右判断を根拠とする本件更正処分は、憲法第八四条に違反し無効と云わねばならぬ。

四、第三に、日本国憲法第二五条一、二項は、

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定している。この条文は、いわゆるプログラム規定として国民に対し、具体的請求権を付与するものではないと理解されている。しかし、国又は地方公共団体が国民の健康で文化的生活の実現を妨害したり、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に逆行する行動を取ることは、右条項に対する違反と解されなければならない。そうして、これまで再三述べたように、内閣は本件更正処分がなされた昭和五一年九月三日の約半年前の同年三月二六日第三期住宅五箇年計画を住宅政策の指針として打出したのであり、昭和五五年七月三〇日の住宅宅地審議会答申は、右計画を上まわる居住水準を次の五箇年計画のために準備している状況である。かかる情勢に鑑み、蒲田税務署長が昭和五一年九月三日右第三期五箇年計画に逆行する判断を根拠とする本件更正処分をなしたことは、明らかに憲法第二五条一項及び二項に違反するものであり、右更正処分は無効たるを免れない。

第五、結語

右第三及び第四において詳述するように、原判決(原判決の引用に係る第一審判決を含む)には幾多の法律上の瑕疵があり、それらの瑕疵は判決に影響を及ぼすものであること明白であるから、原判決は破棄されなければならない。

以上

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